無力感は学ばれるもの。そこから戻ることも、学ばれる。
Luminis による Seligman の二つの歩みのまとめ
ひとつの実話
1967 年、Martin Seligman は 24 歳、ペンシルベニア大学の大学院生だった。同僚の Steven Maier とともに、のちに心理学の教科書のほとんどに載ることになる実験を行った。犬たちをシャトルボックスに入れ、三つの群に分けた。鼻でパネルを押せば電気ショックを止められる群、何をしても止まらない群、ショックなしの対照群。
そのあと、三つの群すべてを、低い仕切りを跳び越えるだけでショックを避けられる新しい箱に入れた。最初の群とショックなしの対照は、数秒で跳ぶことを学んだ。しかし「何をしても意味がなかった」あの群の犬たちは、跳ぼうとしなかった。寝そべって、ショックを受けていた。Seligman はこれを「学習性無力感」(learned helplessness) と名づけた。
話はたいていここで終わる。けれどこの発見を「教え」に変えたのは、彼が次にしたことだ。彼は近づいて、諦めてしまった犬たちを一匹ずつ抱え、手ずから仕切りの向こう側に運んだ。「自分が動いた、そしてショックが止まった」という体験を、犬の身体に直接与えた。彼はこれを何度か繰り返した。数回ののち、犬たちは自分から跳びはじめた。
後半のこの出来事こそ、本当の学びだった。無力感は学ばれるものであり、学ばれて消えもする、ただし「行動と結果はつながっている」ことをもう一度経験することによってのみ。言葉で説得しても届かない。代わりに解いてあげても届かない。本人の身体のなかで、少なくとも一度、成功が通り抜ける必要がある。
私たちの感想
「ぼく (わたし) にはできない」に沈んでいる子どもに付き添う親や教師へ。 その子の脳はもう結論を出してしまっている。説明では届かない。届くのは、一緒にひとつの小さなことを、最後まで、成功させてみせることだ。かつて諦めた算数の一問を選び、横に座り、最初から最後までついて歩く。最後の一行は、本人の手で書かせる。「わたしが動いた、そして何かが起きた」という、その一瞬こそが、Seligman が犬を抱えて仕切りの向こうに運んだ場面の、人間版だ。一度の、生きられた反証, 一度の、議論ではなく。
自分の中に自信を立てなおそうとしている人へ。 学習性無力感は、反転できる。ただし「成功した行動の反復」によってであって、「前向きな独り言の反復」によってではない。もし今、沈んでいるなら、「自分にできるか」の議論を自分と始めないでほしい。何か小さなことをひとつ、はっきりとした結果が出るところまでやる。もうひとつやる。神経系は文字どおりの学習者だ。「実際に起きたこと」から学び、「自分に言い聞かせたこと」からは学ばない。Seligman がその後半生で推し進めた積極心理学の実践群, 感謝の手紙、三つのよいこと、小さく確かな日々の行い, がどれも「行う」ことを強調するのは、このためだ。
人生の方向転換を考えている大人へ。 Seligman が積極心理学へ舵を切ったとき、彼は 56 歳だった。それまでの病理に関する研究を手放したのではなく、その上に新しい方向を建てた。抑うつ、無力感、主体の失調がどう動くかを知っていたからこそ、積極心理学は励ましの飾りに終わらず、介入試験と効果量と再現可能な結果を持つ科学になった。方向転換を考えているなら、問うべきは「これまでを捨てるかどうか」ではない。「これまで身につけたどの部分が、次の仕事の地盤になるか」である。
出典
- Overmier, J. B., & Seligman, M. E. P. (1967).「逃れえない電気ショックがその後の逃避・回避反応に及ぼす影響」『Journal of Comparative and Physiological Psychology』。 · 学習性無力感に関する最初期の実験報告のひとつ。
- Maier, S. F., & Seligman, M. E. P. (2016).『学習性無力感・五十年, 神経科学からの新しい視点』, 『Psychological Review』123 巻 4 号。 · 原著者ふたりによる五十年の振り返り。彼らが観察した「受動性」は、長期ストレスに対する哺乳類脳のデフォルトの反応であり、本当の課題は「自分に何がコントロールできるか」をもう一度学び直すことである、と。
- Seligman, M. E. P. (1990).『Learned Optimism: How to Change Your Mind and Your Life』。 · 「無力感は学ばれる」から「楽観もまた学べる」への橋渡しとなった著作。
- Seligman, M. E. P. (2002).『Authentic Happiness』。 · 積極心理学の一般向けの基礎読本。幸福は快楽だけでなく、投入感 (engagement) と意味 (meaning) も含む、と提唱する。
- Sin, N. L., & Lyubomirsky, S. (2009).「積極心理学的介入による主観的幸福感の増進と抑うつ症状の緩和, 実践志向のメタ分析」『Journal of Clinical Psychology』。 · Reflection 2 のデータ的な拠りどころ。多数の無作為化試験を統合すると、積極心理学的介入は主観的幸福感・抑うつの双方で 0.3 前後の効果量を示し、「励ましの言葉」ではなく実測できる変化を生み出すことが示されている。